2010年5月26日水曜日
新緑真っ最中
2010年5月23日日曜日
新艇登場
昨年から依頼していたタンデム艇が先週完成。五嶋さんがどんころ野外
学校のガイドを助手に作ってくれた。ケブラーで軽く16kg。ジョンカズ
のプローラーより1~2kgは軽い。ロッカーはプローラー程ではないが
かなりある。センターのフラットの部分が少しあるので昨年旧型を試乗
した時は安定感あり過ぎて逆にリーンしずらく感じたので、ガンネル幅
をスウォートで狭めてもらった。I-cupに間に合うようにシートなどを
付けるのが一仕事。
五嶋さん曰く、落合の三段を水を汲まなく、安定感をもったデザインで、
ポールにもなるべく触れないようなガンネル高さにしたという力作。
色は真っ白にしてもらって美しい仕上がり!さあ他の皆様も注文して
レースで勝負しよう。
学校のガイドを助手に作ってくれた。ケブラーで軽く16kg。ジョンカズ
のプローラーより1~2kgは軽い。ロッカーはプローラー程ではないが
かなりある。センターのフラットの部分が少しあるので昨年旧型を試乗
した時は安定感あり過ぎて逆にリーンしずらく感じたので、ガンネル幅
をスウォートで狭めてもらった。I-cupに間に合うようにシートなどを
付けるのが一仕事。
ポールにもなるべく触れないようなガンネル高さにしたという力作。
色は真っ白にしてもらって美しい仕上がり!さあ他の皆様も注文して
レースで勝負しよう。
2010年5月19日水曜日
春が一気に
2010年5月18日火曜日
植樹イベント
天気に恵まれ、苗を置いた後の雑草防止のカラマツチップでのマルチング運びでは汗が出るほど。午後から三笠遊園に移動して、わざわざ札幌から用意してくれた焼肉を囲んだ。私らも女性スタッフの手作りの豚汁で歓迎。その後巨木見学、スキー場での山菜取り、ツリーイングを楽しみ、帰りには満開の邦梅園の梅を見学された。
2010年5月12日水曜日
旭川の中西さんが・・・
急にクモ膜下出血になりそのまま亡くなられたとのこと。
Sクリーク氏や今日現れた大ちゃんから聞いた。三笠CCには彼の乗っていたバイパー11があり、私もその舟でカナディアン漕ぎになった。ダガーカップの時から参戦してくれた。奥さんの律恵子さんもカヤックでは何回も優勝した。
以前はHANDS & FEETの代表で山とカヌーガイドをやっていたが石狩川でラフティング会社を作るとき私も出資して何かとかかわった。その後はご夫婦で「やまなみ」という社名で登山ガイド専門にしてウチの社員もガイドの応援をしたりとお世話になっている。3年位前いらなくなったからとカヤックやドライスーツなど大量に頂いたりもした。
10年と少し前北海道パドラーズニュースという本を中心になって出版し、クリーク氏や私も投稿した。その本をきっかけに北海道のカヌーイストの連携や情報交換を高めようと活躍した。三笠カヌークラブと律恵子さん代表のNOAという旭川のカヌークラブとリバーレスキュー大会で優勝争いをしたこともあった。
本当にカヌーを通しての恩人ともいえる中西おやじが亡くなったなんて信じられない。いつものあの子供みたいな笑顔で現れるような気がしてならない。
(この若い写真は15年前出版の北海道パドリングガイドの座談会で載っていたもの)
Sクリーク氏や今日現れた大ちゃんから聞いた。三笠CCには彼の乗っていたバイパー11があり、私もその舟でカナディアン漕ぎになった。ダガーカップの時から参戦してくれた。奥さんの律恵子さんもカヤックでは何回も優勝した。
以前はHANDS & FEETの代表で山とカヌーガイドをやっていたが石狩川でラフティング会社を作るとき私も出資して何かとかかわった。その後はご夫婦で「やまなみ」という社名で登山ガイド専門にしてウチの社員もガイドの応援をしたりとお世話になっている。3年位前いらなくなったからとカヤックやドライスーツなど大量に頂いたりもした。
本当にカヌーを通しての恩人ともいえる中西おやじが亡くなったなんて信じられない。いつものあの子供みたいな笑顔で現れるような気がしてならない。
2010年5月10日月曜日
桂沢ダム放流
3月に瀬の修復を河川事務所が施工してくれて、今年はまた瀬遊びが楽しめるぞ、と期待してシーズンが始まった矢先、5/6の昼から湖の水位が急に上がり洪水警戒ということでダム天端からの放流があった。確か7年ぶりだそうな。最大で70tの放流でようやく現在25t。
最も上がった時はI-cupの瀬横のブロック石畳を隠すほどで、3つの瀬とも袖部分は越流して岩や土が流された。今年は雪の量は昨年より多く雪解けも遅いのに、4月中旬に発電を10日程止めたダム管理者の読みが間違ったのではと想像する。この時期は北電の水利権で調整しているので電気需要がなかったから止めざるを得ないが、洪水対策優先の考えからすると3~4月が寒くて雪解けが遅れていた訳で、急な5月に入って暖気や雨で一気に増水する事は毎年よくある事
カヌーの遊びのためと言え、公表されるようになったデータのお陰もあって幾春別川やダムの水位や発電に詳しくなって、今回の発電停止が10日は長過ぎで、これは連休頃ダム放流があるなと想像していた。
ダムの管理者は毎年ダム水位が満水になる今頃は水位調整で頭が痛いと聞く。大事とって流しすぎると夏場の水不足や水道や灌漑用水としての水田に影響が出る。貯めすぎると今回のように緊急放流ということになり下流での水害も起こすし、発電機を通さないダムからの水は電源開発さんにとっても売上にならない。
カヌーをやるようになって20年位の間2~3度ダム放流があった。ここでの瀬づくりは自然型でコンクリートで作るような強固なものでないので、このような時流失してしまうのは残念だが覚悟はしている。これも自然と人の営みとして受け入れざるを得ない。しかし大きい岩やがっちり嵌め込めた岩は動いてないようで、ダメージは少ないかと、水位減ってから瀬づくりの技術が上がったか検証が楽しみ。水量多くても動かない岩の選定や嵌め方をさらに極めなくてはと思う。
カヌーの遊びのためと言え、公表されるようになったデータのお陰もあって幾春別川やダムの水位や発電に詳しくなって、今回の発電停止が10日は長過ぎで、これは連休頃ダム放流があるなと想像していた。
2010年5月9日日曜日
2010年5月6日木曜日
春が来た!
2010年5月4日火曜日
オプタテシケスキー山行
5/1~3のテント2泊で十勝岳の北東にあるオプタテシケ山2012mに行ってきた。十勝川源流のトムラウシ温泉に向かう途中からトノカリ林道に入り堰堤脇まで車で、そこから林道6km歩き標高780mのオプタテシケ沢でテント着。遅れて行って共同装備持たないお詫びに缶ビールを1箱分差入れで背負ったのでかなりの重量。今回は7名パーティで大学山岳部の先輩が6名。といっても皆70~76歳だが重い荷物が背負える元気なジジイのDr。ゲストは紅一点の元ネパール王室の令嬢?(年齢不詳)。

朝4時には起きて6:20に出発。1000m手前の台地が長かったが、ようやくかすかにピークが見える。高気圧のへりで天気はイマイチ。富良野側はガスがかかって稜線には雪煙が上がるが、こちらは風下側なので青空が時々見え東側からの登りで正解。携帯が1100mを過ぎたら通じるようになり、心配しているおばばへ合流できた事を伝える。2日前位に新雪が積もり、それが重くなって抵抗ある分シールはかなり効く。傾斜が急になる1600mでアイゼンに代えて直登するが、表面クラスとしてるのに20cm以上はズボッともぐりラッセルに近い。12時までに着くはずが13:40でピーク。
途中ほとんどが引き返し、アタッカーは今村さんと2名のみ。彼は私より16年も学年上だが現役のマラソンランナー。全国年代ランキング50番台と聞く。ピークはやはりガスの中だが十勝側はうっすらと視界がある。ピーク直下から標高差1000mの大滑降、の筈だったがシュカブラだったり腐れ雪だったりのマダラで膝に答える。連続でターンができずようやく400m程降りてから、テレマークターンが続けられた。普通ザラメになっていて緩斜面になっても快適なのに、今度は重い雪で疲れるので先に滑った人のシュプールもらってほとんど直滑降。夢に見てたオプタテ大滑降はあっけなく終わってしまった。
それでもいつも日帰りが多かった中で久しぶりのテント生活。酒もたっぷりあって、手作りの美味しい食事や楽しい夜の語らいで、晴れて冷えた夜もぐっすり眠れた。翌朝は真っ青な快晴。1日ずらせばポカポカ陽気の中で登れたが、まあこんなものと帰りの林道から空に聳え立つオプタテのピークを振り返りながら昼には屈足の温泉へ。屈足湖では帯畜カヌー部が新人22名もいてロール練習などやっていて賑やかだった。
人が多い富良野側の三段山や十勝岳方面と違って、今回は静かで奥深い山に行ったという感じであった。ただし伐根やブル道があって太い樹はなくなって少々寂しい感じではあった。先輩らの話によると泊まった所から北のコスマヌプリへ行く途中のトノカリシュベツ山の湿原とアカエゾマツの林は素晴らしいそう。雪が解けて道が奥まで入れて、ちょうど良いザラメにもう1度森と滑降を味わいに来たいものだ。
朝4時には起きて6:20に出発。1000m手前の台地が長かったが、ようやくかすかにピークが見える。高気圧のへりで天気はイマイチ。富良野側はガスがかかって稜線には雪煙が上がるが、こちらは風下側なので青空が時々見え東側からの登りで正解。携帯が1100mを過ぎたら通じるようになり、心配しているおばばへ合流できた事を伝える。2日前位に新雪が積もり、それが重くなって抵抗ある分シールはかなり効く。傾斜が急になる1600mでアイゼンに代えて直登するが、表面クラスとしてるのに20cm以上はズボッともぐりラッセルに近い。12時までに着くはずが13:40でピーク。
途中ほとんどが引き返し、アタッカーは今村さんと2名のみ。彼は私より16年も学年上だが現役のマラソンランナー。全国年代ランキング50番台と聞く。ピークはやはりガスの中だが十勝側はうっすらと視界がある。ピーク直下から標高差1000mの大滑降、の筈だったがシュカブラだったり腐れ雪だったりのマダラで膝に答える。連続でターンができずようやく400m程降りてから、テレマークターンが続けられた。普通ザラメになっていて緩斜面になっても快適なのに、今度は重い雪で疲れるので先に滑った人のシュプールもらってほとんど直滑降。夢に見てたオプタテ大滑降はあっけなく終わってしまった。
それでもいつも日帰りが多かった中で久しぶりのテント生活。酒もたっぷりあって、手作りの美味しい食事や楽しい夜の語らいで、晴れて冷えた夜もぐっすり眠れた。翌朝は真っ青な快晴。1日ずらせばポカポカ陽気の中で登れたが、まあこんなものと帰りの林道から空に聳え立つオプタテのピークを振り返りながら昼には屈足の温泉へ。屈足湖では帯畜カヌー部が新人22名もいてロール練習などやっていて賑やかだった。
人が多い富良野側の三段山や十勝岳方面と違って、今回は静かで奥深い山に行ったという感じであった。ただし伐根やブル道があって太い樹はなくなって少々寂しい感じではあった。先輩らの話によると泊まった所から北のコスマヌプリへ行く途中のトノカリシュベツ山の湿原とアカエゾマツの林は素晴らしいそう。雪が解けて道が奥まで入れて、ちょうど良いザラメにもう1度森と滑降を味わいに来たいものだ。
登録:
投稿 (Atom)